儚い人生、自分らしく


人の一生は、何とも儚い。
私も、この地上に人として生を受けてウン十年。
次の歳の足音が聞こえてくる、この節目に掲げておきたい想いがある。
家族、友人、仕事仲間...そのお一人、おひとりがとても大切で
私は人に恵まれていると感謝する時間は幸せに包まれます。
私にも万人が手にしている幸せを選択する自由があり
それと等しく、その選択にも責任が伴います。
身の程をわきまえずに偉そうな態度を取ったり
誰かや何かのせいにしたり...
そんな心の弱さや醜さが私たちを人間たらしめている所以でもあるけれど
少しだけでも、そんな面を緩めたくて素直な本当の自分になる
その必要がありました。
誰もが共通して今回の人生は一度きりですよね。
地上でそんな素直な自分を公にしてしまうのは
時として怖くもあるけれど
進んでみないとどんな景色が広がってるか分からないし
その幸せになるのを待っていたり
自分以外の他の誰かに委ねる事はできません。
何故なら
自分自身で歩む人生の過程で気付いたり
得られる体験や、覚える自然な感情そのものが
生きる醍醐味であり
本当の自分でないと味わえないと思うから。
私の中心核にはいかなる人でも
どんな例外も通用しない領域があり
大宇宙の根源、創造主により与えられた
今回の私の人生のテーマの一つだから。
ウン十年以上の間
周りから与えて頂いた枠からはみ出さない様
望まれているであろう姿や立ち振る舞いに
私は、心血を注いで来ました。
植物は育つ時、伸びたい方向へ伸び
川の水は流れたい方向に流れますよね。
それが自然な事で、誰も
「そっちはダメ!こっちにS字カーブ!」
だなんてコントロールしようとする人はいないと思います。
話を私に戻すと
自由とセットになっている責任もある一度きりの人生の舵取り
周りから与えて頂いた枠に収まり続けて来たのは全て
中身のない空っぽのハリボテに過ぎず
転がっているゴミの様なものだと思っていました。
玉ねぎを剥く様に
そのゴミの様なものを取り除いて
本来の自分を生き始めてみると
素直な本来の自分が強固で揺るぎない状態となるまで
どんなに腐敗し切っていても守り抜いて来てくれたのだと
感謝さえ湧いて来ます。
私を苦しめていたと思っていたものは
実は、このタイミングが来るまで
その役割を果たしてくれていて
それも含めて全てが自分であり
何とも、愛おしくその全てが尊く思えてなりません。



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